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2013年08月19日

思いの外 泳げませんでした

金さんの話の中で地震後の引き波は津波の前章現象でありますと書いてしまいましたが
津波の前章の現象でありますと書いたつもりでした。恥ずかしいです。

ところで先日近くのホテルのプールに行きまして泳いだのですが
思いの外 泳げませんでした。よく水の事故のニュースが報道されますが
あーこういう事なのだなと思いました。
しかし周りを見回しますと携帯電話はロッカーに入れて来られた様で
プール周辺に携帯電話はあまり見かけませんでした。
たまにはアナログな世界も逆にリラックス出来ていい物だなんて思いました。  

Posted by 有限会社 四季 at 02:24Comments(0)

2013年08月18日

金さんの話

我が家は祖父が立身出世の末、家を建てました。
多くの松、梅、石組みと灯篭等が有りましたので手入れが大変でした。
その為 植木屋さんが常に出入りしていました。
名前は金さんといいまして漁師もしていました。子供の私に良く話をしてくれました。
ヘッドは薄かった その理由は中国戦線で鉄兜(ヘルメット)をかぶりっぱなしだったので
すっかり毛が抜けたんだよ等の冗談。
しかしその中に教訓をも教えてくれました。
それは関東大震災の時の津波の事です。
大磯海岸の砂浜から私の記憶では150メートル位の位置に甲岩(かぶといわ)という
岩が有り そこまで泳げる様になると自分なりに満足しておりました。
金さんの話では地震の時海水がみるみる間に沖へ引き甲岩まで歩ける様になったと言う。
その後大波が来た、だからこんな時は浜で遊んでいてはいけない。
折れた木が体に刺さって亡くなった女の人もいた。この2つの話が強く記憶に残っています。
今では地震後の引き波は津波の前章現象であります事は誰でも悲しい教訓で知られていますが。  

Posted by 有限会社 四季 at 00:57Comments(0)

2013年08月14日

竹島

昨日8月13日、韓国の野党議員十数名が竹島に上陸して見て回るという
パフォーマンスを行った。諸設備も充実している様に見える。
14日は与党議員が大量に上陸するらしい。
まるで占領でもしたか勘違いしているのではないだろうか。
1905年、明治政府は竹島を島根県に編入し国際法的にも日本の領土になった。しかし日本の敗戦後、GHQは竹島を沖縄や小笠原諸島と同様に、日本の行政権から外した。これを口実に1952年1月18日、李承晩韓国初代大統領は海洋主権の宣言ライン「李承晩ライン」を設け現在の様に好き勝手を行って来ている。それにしても日本政府側はよくここまでされるがままにして来たものだ。
まるで島根県の問題の様に見て見ぬふりをしているのでは無いだろうか。
韓国は制空権も取った様に思っているらしい。
韓国が力をつけた結果だ。しかしこれ以上だまっている必要は無いと思います。
これまでの日本の与党にも充分責任が有る事は事実だ。一体何をして来たのか。
効果的な何か有っただろう。米国の協力が必要だろう。  

Posted by 有限会社 四季 at 00:53Comments(2)

2013年08月10日

昔の日本の方が豊かであったかも知れない。

私の故郷・神奈川県大磯町と隣町・平塚市の間に花水川と言う川が流れています。
源 頼朝 が鎌倉へ進行する時この川のふもとは桜の花が満開だったそうで
この名前を付けたそうです。
すでに半世紀前よくここでフナ釣りをしました。
餌は家の周りの溝でみみずを捕まえ竹竿で気長に釣り読けました。
ところが邪魔者がよく掛かってしまう。にょろにょろと釣り糸に絡みつくので
始末悪くて嫌われ者であった。細くて長いのでソーメンといってました。
実際の正体はうなぎの稚魚でありました。とにかく沢山居ました。
現在 日本からうなぎの稚魚が取れなくなっているという。
これは豊かになった日本人が食い過ぎた結果でしょう。
有る意味昔の日本の方が豊かであったかも知れない。
水田の横の溝の水中にタマという虫取り網の様な物を突っ込んでがさがさ
させていればドジョウやタニシがいくらでも取れた。
いずれも良い蛋白源になる。
又 海には大きな磯が有り一日中遊べた、浅くても潜ればサザエ、
トコブシ、深く潜ればアワビが捕れた、磯の上を歩くと紫ウニが沢山いて
ウニの槍に良くさされた、ウニの槍は先が足の皮膚内部で折れ痛いが取れないので
数日我慢していると腐って自然と排出してくれた。なぜかだれもウニを食べなかった。
又 磯にはカキが沢山いて知り合いの漁師さんが
バケツいっぱい良く届けてくれました。
今更元には戻りませんがこんな形の豊かさも有るといえないでしょうか。  

Posted by 有限会社 四季 at 00:11Comments(1)

2013年08月08日

大阪人

私は神奈川県大磯町で生まれ大学卒まで住んでいました。
理由が有って大阪に来て現在に至ります。
来ました当時は大阪はもっとおもむきの有る町だった様に思えます。
だんだんとサバサバとした町になって来ました。
当時の大阪人という人は大阪にもっとプライドの様なものを持っていた様に思えます。
大阪発祥の物が本当に沢山有ります。
鴻池家とその経営する鴻池銀行(後の三和銀行の前身)、日本生命、松下電器、ダイエー、等々。
池田市の安藤百福さん発明の即席チキンラーメン、ダイハツ工業
パッと思いつくだけでこの位有ります。
昔の大阪人は儲けたお金で今に残るものを作りました。
ちょっとダサい感じはしますが市民の寄付金で建てた通天閣、大阪城修復、中の島公会堂(個人相場師の出費で出来ています)
個人の出費で出来ているものに松下幸乃助の政経塾、浅草雷門
(病気だったころに浅草寺に拝んだ。そして、治ったためそのお礼として門及び大提灯を寄進し、現在の雷門が成立した。)
大相撲でも歴史を見ますと東京と大阪の間で往来した力士もずいぶんいます。
緒方 洪庵(おがた こうあん)は大阪北浜に適塾を開いて門下に福沢諭吉も居る。
大阪造幣局は、近代国家としての貨幣制度の確立を図るため、明治新政府によって大阪の現在地(大阪市北区)に創設され現在も貨幣を造り続て居ます。
この様に見てみますと大阪人もプライドを持って生きて行って良いのではないだろうか。
ある大阪人に関が原の敗北を恨んでいるかと聞きましたところ恨んでいると言いました。
私見ですがこの辺に日本中で大阪はどこか変わった町の原点が有るのではないだろうか。
と私は思います。今は面白い人の代名詞 大阪のおばちゃんもたまには御先祖の艱難辛苦の上で
生きている事を思い浮かべてみても良いのでは無いだろうか。ほっといてーと言われればそれまでですが。  

Posted by 有限会社 四季 at 00:05Comments(0)

2013年08月04日

一人の少女が忽然と姿を消しました。

今から30年以上前の昭和52年(1977年)11月15日
日本海に面した新潟の町からその日の朝、13歳の横田めぐみさんは、いつものように、お父さん、お母さん、双子の弟とにぎやかに朝ご飯を食べ、中学校へ出かけていきました。そして、これが家族にとってめぐみさんを見た最後になってしまった。

私は1977年に仕事でソウル、プサンに4月、10月と行ってきました。
大相撲の開催場所の大阪府立体育会館から歩いて5,6分の処に韓国料亭が有り色々と仕事上
重宝しました。そこの社長と仲良くなり色々便宜を計って頂きました。
私が浮かれた気分で韓国旅行をしている時、北朝鮮は裏で日本人拉致を準備していた様だ。
大阪は朝鮮半島に比較的近いので夜中にラジオをつけると韓国の歌等が流れて来ていました。
しかし同時刻に今迄聞いた事の無い言葉が入って着ました。
それは同じリズムで同じ間隔を開けて延々と続きました。はっきり言って気味の悪い放送でした。
そこで韓国料亭の人にこれは何だと尋ねたところ”これは北朝鮮の暗号だよ”と教えてくれました。
1977年11月の頃でした。ということは私はめぐみさん拉致の指示を聞いていた事になる。
それ故 横田めぐみさんの事が心配で心配でしょうがない。なんとか早く政治解決して
日本に帰還してきて欲しいです。それにしても残酷な事をしてくれたものだ。  

Posted by 有限会社 四季 at 01:52Comments(0)

2013年08月02日

失業者

最近思います事は 日本企業は利益優先で余りにも工場を他国に移転し過ぎたのではないでしょうか。
特に中国、韓国へ。労働力が安いからといって彼らに余りにも多くの日本の技術を
移転してしまったのでは無いだろうか。結果として中国、韓国企業が日本を多くの
分野で席捲してしまっているのが現状だ。自動車、家電、IT等。
日本の中小企業は
大手の自動車、家電、IT関連企業の部品生産で食っている。
これでは大手は儲けが出るが下請け中小企業はどうすれば良いのか。
毎年 潰れていく企業が多数出ている。これらの中小企業は多くの労働者の受け皿になって来た。
今や失業者だらけになってしまった。中小企業は戦後の日本の発展に多いに貢献して来た。
本来 日本人は勤勉で良く働いて来た。安い賃金でも良く働いた。
大手の企業は日本人が働ける場をもっと多く創造すべきだ。
マルクスによると資本は利潤を追求して安い労働力を求めて世界中を動くそうだ。
学校で習った事はどうも本当のようで困ったものです。
賃金差の問題は有りますが工場を日本にカムバックする事はできないものでしょうか。
国民総生産を世界第2位に戻す事を日本人全体で考えねばならないのではないでしょうか。
このままだと第3位から第4位へ迄転落してしまわないか心配です。  

Posted by 有限会社 四季 at 23:46Comments(1)

2013年08月01日

手が合わない

相撲用語に手が合わないというのが有ります。今の日韓関係がそうです、韓国は勝手に竹島を実行支配する。
一方日本の橋下市長が”戦場では従軍慰安婦の様な存在が必要だ”等見てきた様な事を言う。
韓国人には日本に対して忘れられない恨みが有る。日本が朝鮮国土を蹂躪してきた歴史が有るからだ。
豊臣秀吉の侵略、大日本帝国時代の朝鮮の日本化、太平洋戦争後の米軍からの戦争特需で日本が儲けた。
私が35年前戒厳令下のソウルへ行きました時、喫茶店へ行くと子供が近寄ってきて私の靴を磨き始めた
当然チップを渡しました。しかし韓国は日本に追いつき追い越せで力を付けた。
それ故 以前の様に勝手な発言で韓国人の日本に対する恨みに火を付けるべきではない。
日本人ももっとしっかりしないと張り手を食わされる。
それにしても素人政治家が何で今この時に韓国人のプライドに傷を付ける事を言ったのが解らない。
この様な事の積み重ねでどんどん手が合わなくなっていく。
  

Posted by 有限会社 四季 at 01:25Comments(0)